2015年5月21日木曜日

Bandit400の高速道路で130キロ出した思い出

SUZUKIのBandit400のバイクの思い出はたくさんありますが、
スタイルのかっこよさ、むき出しのエンジン、
イタリアンチックなカラーと雰囲気そのすべてが気に入っています。
外でエンジン音を聞くと軽い音がして、エンジン音としてはもう一つに思えるのですが、
いざ運転していて聞こえるエンジン音はとっても心地よくスムーズであり、気に入ります。

このバイクで常磐道を走り袋田の滝までツーリングしたことがあるのですが、
カウルなしのこのバイクがどのくらいのスピードが出るのか試してみたいと思い、
平日でがらがらの高速道でやってみました。アクセルを上げてどんどん加速していきます。
100キロほどになるとカウルがないのでかなり前のめりで必死にハンドルを握るようになります。
そして105,110キロと加速していき、120キロまで来たときにやめようかと思ったのですが、
どうせここまで来たのあらば130キロまでやってみたいと思うようになり、
必死にアクセルを開け続けることと、
ここで事故ったら死ぬなという恐怖との闘いでついに到達したのが130キロです。
そこに到達した瞬間にアクセルを戻し、なんとか死ぬことはありませんでしたが、
命がけと思えるようなスリルは充実感を得るものではありませんでした。
バイクというのはこのようなスピードを出して楽しむものではなく、
もっとゆとりを持って景色や風や空気を感じながら楽しむものだと感じた経験になりました。

2015年3月11日水曜日

どこに行くにも役立ったTW200

僕が長年乗っていたバイクの中にヤマハのTW200があります。
モトクロスバイクをオンロードバイクにカスタマイズしたモデルで、非常にスタイリッシュだった。
もともと自分が若いときにこのバイクに乗っている人が近所におり、
それを見てかっこいいと思ったのが購入するきっかけでした。

自分は車よりもこのバイクに乗って出かけることが多く、貴重な交通手段でした。
とにかく乗りやすく、負担のかからないライディングポジションが好きでした。
車高が低いために容易に地面に足をつけることができます。
そのため信号待ちをしているときでも疲れません。
 
また後部座席も長めに作られており、2人乗りするのも容易です。
実際にこのバイクで妻と2人乗りをしてよく遠出しましたが、妻は全然疲れないといっていました。
また燃費がよかったのもこのバイクの特徴です。1リットルに対して30キロは走ることができます。
パワーもあるためにたいていの場所へ問題なく行くことができました。

TW200は改造して乗るバイクというイメージが強く、
多くの人はそのようにしてこのバイクをカスタマイズしています。
しかし自分は一切手を加えませんでした。
それでも十分かっこいいのですが、
確かにウィンカーやスピードメーターなどは少しデザインが古い感じがしました。

それ以外は自分にとっては文句のつけようのないバイクです。
おしゃれな服装で乗っても十分様になるバイクで、
街乗りから遠出まで様々なシーンで活躍してくれたバイクでした。
 

2015年2月9日月曜日

バイク王は最高の買取り業者

これまで何度もバイクを乗り換えてきたが、
そのたびに愛車との別れが辛くなる。
何台も乗ってきてるし平気だと思われがちだが、
売ると決めた日から引き取りの日まではとても辛い。
まるで一日づつカウントダウンされているように、
日を追うごとに胸が締め付けられる思いなのだ。
毎回別れの日まで愛車と過ごした日々を思いながら過ごす。

そんなバイクを売るときのユーザーの気持ちを、
よく理解してくれている買取業者がバイク王だ。
事務的に仕事を済ませる買取業者が多い中、
バイク王のスタッフはとても親切でフレンドリーな人が多い。
CBRを引き取る際も「最後に一緒に写真撮りましょうか?」と言ってくれた。
その写真は今でも私のバイク人生の中で思い出の一枚だ。

ネットではあまり良くない口コミも見掛けるが、
私の中ではバイク王以上の買取り業者はいないと思う。
買取り価格が安いという人もいるが、
これまで他社と比較して損をしたと思ったことはない。
それよりも不規則な仕事をしている私の都合に合わせ、
自宅まで査定や引き取りに来てくれるバイク王はとても有難い。
バイクを売るのが初めての人でも安心のサポート体制で、
いつでも安心して愛車を売却することができる。

2015年2月5日木曜日

就職、そして中型バイクへ乗換え

高校時代を親から譲り受けたバイクで過ごし、
卒業とともに地元の工場へ就職した。
当時成績が良かった私は進学を勧められたが、
とにかく早くお金を稼ぎたかったので迷わず就職。
お金が欲しかった理由はもちろんバイクだ。

18歳で晴れて社会人となった私は、
就職とほぼ同時に教習所へと通いだす。
この時期の教習所はクルマ教習を受ける同級生だらけ。
しかし自分はクルマではなく中型バイクの教習を受けた。
この頃憧れていたバイクがCBR400RR。
トリコロールカラーが目を引くレーサーレプリカだ。











新車価格699,000円と決して安くなかったが、
就職して毎月コツコツ貯金して半年くらいで購入した。
その後はスズキRGV250Γ(ガンマ)、
ホンダNSR250Rと2ストロークの魅力にハマり、
散々あれこれ改造した挙句に売却。
その後スピードにも飽き、
のんびり乗ろうとゼファーを買った。

2015年2月3日火曜日

バイク人生の始まり、高校時代の愛車「蘭」

自分が高校生になった頃、
自宅には原付バイクが2台あった。
1台はアニキが乗っていたヤマハ・パッソル。
パッソルは当時爆発的な人気を誇っていたスクーターで、
若者が乗るスクーターはパッソルかラッタッタだった。
アニキは流行だったピースミラーやカラーグリップを付け、
当時としてはイケてる仕様にして乗っていた。

そんなアニキの影響もあって、
自分も高校に入って誕生日がくるとすぐ原付免許を取得。
バイトしてお金を貯めて新車を買おうと意気込んでいたところ、
父親が乗っていたバイクを譲ってくれると言い出した。
それがもう一台の原付バイク「スズキ・蘭」である。















今考えると「蘭」というネーミングは非常にダサいのだが、
当時は同じスズキから「薔薇」というスクーターも発売されており、
個人的には蘭の方が気に入っていた。
私は「早く自分の原付バイクが欲しい」と思っていたので、
父親から蘭を譲り受けることにした。

しかしこの蘭というバイク、
名前がダサいだけではなく恐ろしく遅いバイクでもあった。
最高速はメーター読みで40キロ程度しか出ず、
友達の改造ていないスクーターにも付いていけない。
スタートダッシュも遅くていつも友達にネタにされていた。
この時の悔しい思いが後の長いバイク生活の糧となった。
「いつか早いバイクを買って見返してやる」
あのとき毎日思っていた気持ちは今も忘れることはない。